sankabito’s blog

ビリー・マイヤー事件の真相、創造と霊の真理について。当ブログは人生と創造の会ブログのコピーです。

新しき人間観・人生観・世界観19

人生と創造の会オリノです。


第10回、11回、18回と3回の会見に渡ってプレヤーレンの
セムヤーセが伝達した霊の教えも、本文を紹介するのは
最後になります。

人間はいつも何らかのものを担っています。
多くの人は自らの内に抑圧的な感情を担い、他の人々は悲しみや心配事、
いろいろな問題や希望、その他物質的知性に根ざした想念を担っています。
不安も、美醜も問わずあらゆる種類のイメージの想像も、
物質的知性による思考に属しています。
しかし霊に生きる人は、創造的なもの、すなわち霊的なものを担っています。
彼は創造の担い手、意識的な霊の担い手です。
なぜなら、彼はいつも創造の法則の知識と能力を自らの内に
担っているからです。
そして物質的知性による思考の古い本性が彼を非論理の担い手に
しようとすればするほど、彼は自らの内で創造的なものを優勢にして、
しっかり定着させることに真剣に取り組むのです。
たとえ極めて否定的な想念がやってきて、霊的知性による思考を
破壊しようとしても、彼はそれさえも直ちに創造的な力と英知に
変えてしまいます。
こうして彼はすべてを創造的なものとし、それを自らの内に担うのです。
そうすることによって彼は動く創造の寺院となります。
創造に生きる人の知性はますます霊化され、次第に霊意識の奥深く
進んでいきます。
霊に生きる人はその認識能力によって、あらゆる事物の中に
ますます深く分け入り、万物に遍在する創造の炎の熱を捉えるのです。
そうすることによって、霊的に考える人は遍在する創造の力と真理を
至るところで認識および意識します。
そのため日常感覚では認識されないものも、創造に生きる人には
より霊的、意識的に知覚されます。
つまり彼は常にすべての事物と生命体の内に創造が遍在し、
創造の法則が適用されているのを見るのです。
彼は創造の遍在の力について霊的なイメージを持っています。
彼の生命と実存在の貴重なエネルギーをすべて創造の知識、
その真理、力、英知、したがってまた自らの内に宿る創造の一部、
すなわち霊の能力に捧げるのです。
地球上の物質的生命は、つかの間の芝居か、消えゆく現象の
ようなものですが、その背後には時間を超えた永遠の真理、
すなわち霊、創造の遍在、そして創造の現実が横たわっているのです。
この創造の現実は、それ自身の内に英知の能力のすべての王国と
領域を宿しています。
これは存続するもの、時間を超えて存在する不変なものです。
それは芝居ではなく、時間を超えた永遠の真理と英知、知識、
自由、愛、論理と能力、相対的完全性、そして絶対的な確実さです。
非常に多くの人間は、創造に準じて生きることを恐れています。
そして彼らは自分たちから死に対する不安を取り除いてくれる者、
すなわち宗教の神のもとにのみとどまるべきだと思っています。
神はその意図的な邪説により、まったく自分自身の利益のために、
彼らから死に対する不安を取り去ると約束したのです。
でも彼らが卑屈にも妄信的に神の嘘を信じることがその前提であり、
そのため彼らは神の奴隷に成り下がり、意識の面で不自由になるのです。
このような宗教の邪説を絶えず繰り返されると、信者たちは
まやかしの満足を見出したと思い込み、邪悪な狂気に支配されるのです。
その狂気は、彼らに対してあらゆる意識的な理性を禁じます。
それによって霊的知性で考えることも阻害、抑圧され、奴隷化されるのです。
ごく少数の人々だけが創造に準じて生きることを恐れず、
創造のみが生命と実存在を保証することを知っています。
なぜなら、それによって創造の法則が成就されたからであり、
またこれら創造の法則が生命と実存在を生命および実存在たらしめるのです。

(ビリー)
君の言うことはすべて非常に分かりやすく、論理的に聞こえる。
ただ人間がこれを理解してくれるといいのだが。

セムヤーセ)
人間はきっと理解するでしょう。
でもそれは今日や明日のことではないでしょう。
あなたとあなたのグループは雪崩の基礎を作るだけで、
それが本当に動き出すのはずっと後になってからなのです。

続く