sankabito’s blog

ビリー・マイヤー事件の真相、創造と霊の真理について。当ブログは人生と創造の会ブログのコピーです。

新しき人間観・人生観・世界観13

人生と創造の会オリノです。

 

引き続き第11回会見記録からセムヤーセによる

「霊の教え」についての解説をどうぞ。

 

人間は意識と霊によって、思考、力、エネルギーおよび

あらゆるものに対する影響の中心なのです。

人間は肉体を持っていますが、肉体それ自体ではありません。

肉体は霊と総意識体の道具であり奉仕者にすぎませんが、

肉体の住処は決して牢獄ではないのです。

肉体は光を放射する霊、自ら発光する内奥の生命、

そして創造的な自己が宿る寺院です。

肉体は全戦力を動員する霊の要塞です。

だから人間よ、肉体の呼吸だけでなく、

霊の息吹をも呼吸していることを知りなさい。

瞑想によって、自覚的な内省によって、

意識と霊的な自己という静寂極まる部屋に深く沈潜することによって、

そして内奥の生命の鏡を直接覗き込むことによってのみ、

人間は自分の霊を学ぶのです。

けれども、宗教や教派の詐欺師が地球人に言葉巧みに

信じ込ませるようなやり方でこれをしてはなりません。

なぜならこのような「瞑想」は決して霊的な光景ではなく、

非現実的な想像願望を空想豊かに解き放つものにすぎないからです。

霊的な形態における本当の瞑想は、自分自身の実存在と自己に

向き合い理解を増すことを要求します。

そして永遠の現実と真理の実在を見据え、星から物質の形まで、

自然から霊的な生命まで、すべての顕現の根源的統一が、

創造の収支においてただ一つとなっているのを見据えることを

要求します。

人間は誰もその最も内奥の本質において創造の顕現であり、

だからこそ誰もが無限なるものと一体となれるのです。

創造的なるものの本質的実在に関するこれらの真理について

熟考することが、知識と確信を生むのです。

真理を直接観照すれば、無益な異議はすべて消え去ります。

真理が実現されれば、すみずみまで照らし出されて自ずと

明らかになります。

地球上で生きることは人間に完全な充足を与えません。

それがすべてではなく、本当のものは物質的なものの

彼方にあるのです。

物質的な生命は、微細粒子界、すなわち霊的なものに到達するための

梯子の役割をするにすぎません。

物質的な生命とは、霊と、そして最も偉大なもの、

すなわち創造的なるものと交わるための条件ならびに目的を

人間に与える活動領域にすぎません。

生命の視界を知覚可能な現象に制限し、事物の客観的な価値に

従って価値評価を下すのは、完全なる誤りです。

生命の高さや大きさは、生命をどの程度まで最高の存在物における

深奥の生命の法則にまで高められるかにかかっています。

人間同士の交わりが正当なものとされるのは、ただ霊的本性の

永遠の法則から逸脱しない限りにおいてです。

影にすぎないものを追いかけて本質的な実体を無視しては、

社会の繁栄も国家の改善もあり得ません。

真理の核は個々の人間のみに属すものではありません。

真理は、およそ実在するすべてのものの実存在と生命を

形づくっているからです。

一つであると同時にすべてに共通するものだけが、

自己と同一の実在の内部において不可分かつ自己完結的で

あり得るのです。

それはおよそ到達されたもののすべてを包括し、

生命におけるあらゆる期待と理想の頂点をなすものです。

この統合的な生命の霊的解釈は、社会および家族内の交わりの

倫理的基盤に根付いています。

 

続く