真の自己である霊と、私という人間7
人生と創造の会オリノです。
また来ていただきありがとうございます。
初めての方もありがとうございます。
前回は「霊の教え」を理解するための大前提であり、最重要な
概念である「創造」について書きました。
一見、「神」と混同しそうですが、「創造」と「神」はまったく別物です。
どう違うかはまた後日に書きます。
今日初めてこのブログに来られたかたには何のことやらと思われる
でしょうから、この章の1から読んでいただければ理解しやすいでしょう。
ここからどうぞ。
https://ameblo.jp/jintosou/entry-12591888099.html
さて、今日は宇宙の始まりから離れまして、日常に戻ります。
~空に浮かぶ雲とそれを眺める私~
良く晴れた日の午後、コロナウイルスの感染拡大が嘘のように
長閑な、見慣れた景色がありました。
きれいな青空の下を積雲とか綿雲と呼ばれるフワフワした小さな
雲がゆっくりと流れていきます。
風に流されながら少しづつ形や大きさが変わっていく様子は、
どんな時でも一時も止まることなく、自然法則は機能していることを
教えてくれます。
私が空を全く見ることがない時にも、私からは見えないほど遠くでも、
地球の反対側でも、仕事をしている時も、寝ている時も、そもそも
私が生まれる前から、そして死んだ後にも。
空模様に限らず、すべてのものは変化し続けます。
それは真理であり、自然法則もまた真理であり、「創造」の定めた
法則の一つだからです。
ゆえに、すべてのものは変化し続けるが、変化し続けることを定めた
「法則」は微塵も変化することなく機能し続ける。
宇宙の始まる前から終わった後まで。
それもまた真理であり、真理とは変化することのないものだからだ。
そして真理は「創造」が実在する証拠です。
何故なら「創造」こそ真理の源泉だからです。
さてさて、例のごとく長い前置きの後はシンキングタイムですよ。
お気づきの通り、わざとらしく「雲A」「雲B」と記してありますね。
この写真は私が適当に撮影したものを貼っただけです。
この画像から「雲A」「雲B」、あるいは空全体でもいいので、
何でもいいから考えるだけ考えて、色々な解釈をしてみてください。
(例1)「雲A」「雲B」は雨を降らすような雲ではなさそうだ。
(例2)「雲A」より「雲B」のほうが大きそうだ。
こんな感じから始めていくと、とんでもない考えに行きつくことが
あるかもしれませんよ。
DMJ(ではまた次回に。)