sankabito’s blog

ビリー・マイヤー事件の真相、創造と霊の真理について。当ブログは人生と創造の会ブログのコピーです。

新しき人間観、人生観、世界観2

人生と創造の会オリノです。

平和瞑想参加者控え室

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今回より連続してご紹介していくのは、コンタクト記録二巻の第10回会見です。

この会見では冒頭より会見相手であるプレヤール人のセムヤーゼから

「霊の教え」についての説明が語られます。

語られた時期とその内容から、この説明はビリー・マイヤー氏に対してではなく、

コンタクト記録を将来読むことになる人々へ向けて語られたものです。

 

ここで使われる言葉の説明です。

 

創造・・・・創造主、宇宙意識、大いなるすべてのことです。

      参考ビリーマイヤーインタビュー霊の教え1

 

 霊・・・・・創造のエネルギー。創造の本質。すべてに生命を与えるもの。

      実存在の原初エネルギー=霊エネルギー=霊形態/霊体=不滅の存在。

      参考自分が何者か知る第15日目

         自分が何者か知る第16日目

         自分が何者か知る第17日目

上図の霊的意識は総意識体とも呼ばれます。

また星形のものが創造の小片にあたります。

注)あくまでもイメージです。

 

英知・・・・論理に基づいた知識を有し、それを絶対揺るぎないものとして体験し、

      澄明な内的調和が見出された結果。

      深遠な道理を知りうるすぐれた知恵。

 

では本文をどうぞ。

第10回会見 1975年3月26日15時20分

 

セムヤーセ)

地球人の意識の発展と霊の発展にとって非常に重要な事柄について

お話しすべき時が来たようです。
ですからこれから話すことに直接関連していない質問にはさしあたり

答えるつもりはありませんので、理解してください。
人間は一つの霊の担い手です。

霊は死ぬことがなく、人間が深い眠りの中にあっても常に目覚めていて
すべての思考と感情を記録します。

人間が霊に耳を傾けることを身に付ければ、

自分の想念が正しいかどうか霊が教えてくれます。
人間の内部にあるこの霊は、創造の王国の担い手です。

そしてそれはすべての人間に備わっているのです。
人間が天国とか自らの内なる天国などと言い、創造や真理、知識や英知、

霊や意識、そして実在という言葉を語るだけでは満足しないのは不可解なことです。
人間が切望するもの、それは永遠の生命、不滅の平和、決して消滅することなく

永遠に持続する霊的意識的な豊かさの、絶えることのない喜びの中にあります。
天も地も滅び去ります。

しかし、真理、知識、英知、そして霊は決して変わることも消滅することも

ありません。
霊と意識は、完全、調和、平和、認識と洞察、知識、英知、真理、美、愛,

そして真の実存在、永遠に続くこれらすべてのものの訪れを、

待ち受けているのです。
これらのすべてが一体となって、霊の王国を作り上げるのです。

これらすべては創造的なるものの内に現存しているのです。
それらは独創性の中の独創性として、旋律の中の旋律として、

能力の中の能力として、創造の原理の中の至高の原理として、

あらゆる奇跡に勝る奇跡として実在するのです。
創造が意識して世界を創り出すように、人間は夢の中で奇跡の世界を

創り出すことができます。
この能力は人間の意識から生じるものです。

すべての奇跡が人間の中にあるように、

意識もまた人間の中に実在しているのです。
人間自体が天国、すなわち創造的なるものの王国なのです。
それゆえはるか昔の地球の哲学者は言いました。

人間とは大宇宙の中の小宇宙であると。

なぜなら宇宙の中に含まれているものはすべて、

人間の中にもあるからです。
人間の内部の次元は無限です。
創造の似姿である人間の中の霊は無次元的な実在です。

それはすべての次元を包含すると同時に、あらゆる次元を超越しています。

霊とはすべての奇跡の中の奇跡、すべての力の源です。
奇跡とは霊の力を余すところなく、利用することです。
ところが人間は奇跡を、いかなる論理でも解明できない現象だと

片付けてしまうのです。
人間が幸福を感じる時、その幸福は人間の内部から湧き起こってくるものです。

幸福とは自分で作り上た状態であって、何らかの場所ではないからです。
喜びもまた人間の内部から湧き起こってきます。

霊的そして意識的な平衡から生まれてくるのです。
つまり、すべてが自己の内部から生じるのです。
幸福の原因と思われる物事や人は外的なきっかけにすぎず、

幸福を目指して意識的に努力してきた人間自身の内部の幸福が、

そうしたきっかけによって発現するのです。
幸福とは自己の深奥の、すなわち霊の本質に属するものであり、

創造という実在と分離することのできない特徴です。
無限の幸福も無限の力も、この実在に含まれているのです。
人間は外見的には年を取りますが、それは一時的な現象にすぎません。
五十年前は年寄りでなかったし、五十年後も彼の肉体は死んでいるでしょうから

もはや年寄りではありません。

老化して虚弱になるのは肉体だけなのです。
霊は永遠に若く、老化現象が起こることはありません。
老年期というものは、青年期や幼年期、心配、苦悩やいろいろな

問題のようなもの、この世界のすべての外的な事情や経験が過ぎていくように、

過ぎ去っていくものなのです。
永続するものは霊という実在、真理、知識、英知、そして現実です。
これらを認識し、築きあげることが必要です。

それらだけが人間を自由にするからです。

霊の実在を認誠すれば 人間にとって老いはまったく無害となります。
どんな心配や苦悩や問題も、生命や周囲や環境や世界の変化と移り変わりも、

もはや人間を悲しみに陥れることはなくなります。

続く