sankabito’s blog

ビリー・マイヤー事件の真相、創造と霊の真理について。当ブログは人生と創造の会ブログのコピーです。

乗り越えるべき壁・・・カルト宗教・救済教義・盲目的信仰3

人生と創造の会オリノです。

 

3人の会話は本題に入ります。

私の出したお題は、この宇宙・世界の始まりであるビッグバンの原因を

考えるというものだが、さらにそれが二つの条件下ではどのような意味を

見出せるだろうか?というものだ。

考慮すべき条件は次の二つです。

 

⑴創造主が存在しない場合

⑵創造主が存在する場合

 

ここでは宇宙物理学の専門知識は不要である。

しかし上記条件に二分した場合、

必ずどちらかに宇宙と世界が形成された原因が含まれていると言える。

つまりどちらかの方向に真理が隠れているということだ。

 

 

オリノ   「もっと簡単に言うと、ビッグバンは起きちゃったのか?

      それとも起こされたのか?と言えます。

      ちなみにビッグバンと言っても韓国のアイドルではないですよ。」

 

仮想哲学者A「だからあなたは変なボケをするな。この前も言ったよね。」

 

仮想宗教者B「この前ニュースで言ってたやつかな?

      キノコがTシャツから生えたとか。」

 

仮想哲学者A「それはBTS!内容も全く違います。」

 

仮想宗教者B「TBS?テレビ局がキノコ栽培をしてるの?」

 

仮想哲学者A「和也、とりあえずいったん忘れてくれ。あとで説明する。」

 

オリノ   「ごめんなさい。つい言いたくなって(笑)。」

 

この後BTS問題についてAさんからBさんに解説されました。

Bさんは普段からテレビは見ないそうで、

ネットも必要な時以外は使わないということです。

Bさんは世事に疎い天然牧師として信徒達から人気があるそうだ。

 

オリノ   「話を戻します。人間が宇宙についての知識・理解を深めたのは

      つい最近のことです。

                          

                   大昔、旧約聖書にある創世記が伝えるように、

                      神が創った世界、それは大きめに見ても地球を中心とした

      太陽系であり、実質的には地球の表面に栄えた自然・生命の領域が

      神の創った世界です。

      人々は夜になると降りてくる黒い天幕によって隠された向こう側に

      神の世界・天国があるのだと信じていました。

      無数に瞬く星々は天幕につけられた装飾だったのです。

      私たちの宇宙観は500年ほど前には天動説から地動説へと

      変化し始めました。

      わずか100年前でも、宇宙とは天の川銀河がその全てだと

      考えられていました。

      科学技術の進歩が観測技術の範囲を広げ、精度を高めたことにより、

      その僅か50年後には、宇宙の中に天の川銀河と同じ銀河が少なくとも

      1000億個、多ければ2000億個は存在することが判明しました。

      またそれぞれの銀河との距離を計算することにより、時間を遡れば

      全ての銀河が一点に集束することが分かりました。

      それは、宇宙は一点から爆発・膨張したことを意味します。

      約138億年前に起こった大爆発、それがビッグバンであり、

      その結果として宇宙が存在しているという仮説が、現在の私たちの

      宇宙観になっています。

      さて前置きが長くなりました。

      まず考えるのは、この宇宙に創造主が存在しないのであれば、

      一体なにが原因となって宇宙は発生したのだろうか?

      ご意見をお願いします。」

 

仮想哲学者A「じゃあ、私からいいですか。」

 

オリノ   「はい。どうぞ。」

 

仮想哲学者A「創造主が存在しないのなら、宇宙は何らかの偶然によって発生したか、

      宇宙を発生させる未知の宇宙的法則によって生じたかです。

      どちらにしろ宇宙は偶然によって生じた、ということです。

      そしてこの考えが主流となっています。」

             

仮想宗教者B「私には受け入れられない考えです。

      神の御意志と御力なしに、偶然が世界を創れるとは思えません。

      もしそのようなことが起きたとしても、出来上がった世界に神は

      いないのだから空虚で寒々しいものでしょう。」

 

オリノ   「宇宙は何らかの偶然により発生し、その後も偶然の連鎖による

      生成消滅・流転変化の果てに人間が存在することになったのだ。

      ということを多くの人が受け容れています。

      そしてこのことを肯定的にとらえて、こう言われています。

 

      宇宙、そして人間のような知的生命の存在は信じられないような

            偶然の重なり、奇跡なのだ。

 

      なるほど。自分は奇跡的な存在だったのか。

      そう思えると自分の存在が素晴らしいものに感じられるでしょう。

      自分は生きる奇跡なのだからとても貴重な存在だ。

      そう思えると人生も素晴らしいものに感じられるでしょう。

      だが、それは都合のいい肯定的な部分を見てそう言っているに

      過ぎないのです。

      コインの裏側がどうなっているのかを見ていないからです。

      さっきBさんが言った、空虚で寒々しい部分をじっくりと見る

      必要があります。

      そこにはこう書いてあります。

 

            すべては虚無である

 

次回に続く